つらい、と感じる人達へ②

この記事は一年以上前の記事です。

前回の続き
手段と目的の話

よく履き違えられますが、
生は目的ではなく、手段だと思うのです。
生も死も手段の一つ。
つまりは些細な出来事の一つ。
死の為の生でもなく、生の為の生活でもない。
もっと些細な目的の為の生だと。
”生活”は付随してくる。
生活の為に自身を犠牲にするのは違う。

私には、生も死も、手段も目的も、生活も無く
空白・・虚無しか無かった。
ささやかな感情も虚無に呑み込まれ、
何も感じず、ただ時折湧き上がる衝動。
自身に対する衝動。他に対する衝動。
全部壊したい衝動と虚無しか、それしかなかった。
住む世界が違うような、そんな感覚。

ある時、疲れたのです。
何かの為に何かをしたり、考えたりする事に。
やめました。何もかも。

そうすると、・・いや、それでもあったんですよね。
眠くて、寝るのです。
何時間か眠ると、目が覚めるのです。
尿意をもよおして、トイレに行くのです。
咽喉が渇くのです。お腹が空くのです。
嗚呼、そうなんだ、って思いました。
涙が溢れました。何年かぶりに、理由も何も無い、涙が出ました。
4歳の時、自我が芽生えた瞬間に出た涙と同じような・・そんな涙でした。

私は、此処に居る。
君は、其処に居る。
もう、それだけでいいじゃないか。
それだけでいいんだ。

————
前回、”したい事”の話をしましたが、
あれは自分勝手とは違います。

よく色んな人が口にしたり聞いたりする
幸福・不幸・正しい・間違い・正義・・etc
生命体とその他の境界線なんてのが曖昧だから、別の言葉で
”世界”にはそんなものは必要無い。
・・まぁ、それは言い過ぎですが、
それよりも”豊かさ”。
これなのでは?

”豊か”であれば、
したい事をする、それが世界を回す原動力になる。
”豊か”であれば、
自身の為に何かをしようとする時に、必然と他者の利益も生まれる。

“豊かさ”。それはモノであったり、環境であったり、ココロであったり。
ひどく曖昧なものですよね。
曖昧だから安堵できるのです。
矛盾するから安堵できるのです。
不確定だから安堵できるのです。
でも、”豊かさ”がなければ、理屈も感情も通らない。

「どうすればいいの?」
どうもしなくて良いのです。
君のココロは豊かだから。
眠くなったり、するでしょ?
泣いた事も笑った事もあるよね?
それでいいんだよ。
君のココロを、大切にしてあげてください。

求めるものは既に持っています。
メガネをかけながらメガネを探しているようなものです。

私は君の事を何一つ知らないけれど、
君の事は何一つ分からないけれど、
君の事が好きだよ。

そんな君にこの詩をあげたいんだ。
要らなかったら、破り捨てて構わない。
君には、唯一人だけ、君が居るのだから。

————

【詩】Free sea

君はハリネズミみたいに
全身の毛を尖らせて
ご丁寧に切っ先を綺麗に磨いて
そんな君に一つ問おう
「前は見えてるの?」

壊れたおもちゃを一体いつから
躊躇無く捨てられるようになったの?
「空が遠いなぁ」なんて
自分が宙を飛んでいる事を一体いつから
忘れてしまったのかな?

そんなに地面ばかり見つめて
「何を落としちゃったんだい?」
「何を落としたのかさえ忘れちゃったんだよね」
「成程ね、それでそこは君が歩いた事のある道なのかな?」
「ううん、ここもきっと知らない道」
「ところで、ソレは何?」
「?」
「君って何?」
「私?・・・は、、私、だよ?」
「それで十分じゃないかな?足りないかな?
君の探していたものってさ、きっと君には見えないと思うよ」
「なんで?」
「君は君の目を見れるのかな?」

そういう事だと思うよ
大丈夫、君に君は見えないけれど、私には君が見えてるからさ。
私だって私は見えないけれど、君に見えてるだけでとってもあったかい気持ちになるんだ

約束しよう
あの橋を一緒に渡ったら、君は右の道を行くんだ
私は左の道を行くから
君は私を裏切ってくれ
私も君を裏切るから
どっちに行くかなんてどうだってイイんだ
その代わり、あの橋を渡ってる間
君の好きなものや嫌いなものの話をありったけ聞きたいな

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