鋭利な時計

この記事は一年以上前の記事です。

「世界はね、もう終わったんだよ」・・たったそれだけのメールだった
私にはその意味なんて分からなかったし 意図なんて想像すら出来なかったんだ

目の前の景色が 世界と妄想の馴れ合いの果ての虚構で構築されたものだって事くらいは
周知の事実のはずだったし 私もそれを信じていた
そもそも「世界」なんて言葉自体が 境界の不明瞭なシャボン玉のようなものだとは
私も認識していたし そういうところには触れずとも自明の事だと思っていた

君は時々 大きな酒瓶と大きな魚を持って
私達の前に満面笑みで現れて 宴を開くのが好きだった
君がお酒を飲まない事に 私は少し疑問を持っていたけれど
皆が楽しく騒いでいるのを見て 私もいつも一緒になって酔っ払っていた
翌朝目が覚めると いつも君は其処に居ないんだけれど
激しい頭痛と吐き気で そんな事を考える余裕なんて無かった そんな事を・・

君は空気の匂いが好きだった
「ここに居たモノ達の様子が目に浮かぶようで、胸が高鳴るんだ」
そう言っては 背伸びしながら スンスンと嗅いでいた

そんな君が私の目をしばらく見つめた後で 突然泣き出してしまった
私はしばらく驚いて 君の頭を撫でると
君は頭を横に振り 私の右頬に左手をあて 頭に右手をあてて ゆっくりと笑ったんだ

君は
いつだって突然で いつだって自然で いつだって私を見ていた
そんな君を 私もいつも見ていた

訃報が入ったのは 君を最後に見てから 半年後の事だった

君のお母さんから電話をもらったんだけど 取り乱していて 何を言っているか分からなかった
「吸入器」「事故」「出張」その三つの単語だけが聞き取れただけ
その後君のお父さんが電話に代わり 君の死だと分かった

それから私はただただ多忙だった 多忙で居たかったのかもしれない
君の死というよくある出来事から半年後 メールが届いた
送信元は知らないアドレス タイトル無し
「世界はね、もう終わったんだよ」・・たったそれだけのメールだった
それが君からのメールだと分かったのは それが君の口癖だったから
予約メールなんて ずるいなあ

君は
いつだって突然で いつだって自然で いつだって私を見ていた
私は
世界の断片を嗅ぎながら 君の心に居た幸福を抱きしめて 君の口癖を否定しながら生きていく

君の生まれ育った町はこんな匂いだったんだね

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