SPIRAL OF ZERO 5周年ありがとう
この記事は一年以上前の記事です。
このブログも5歳になりました。
今の私が30歳なので、人生の1/6を記録してきたことになりますね。
きりが良いので振り返ってみようかと思います。
- 通常記事投稿数 : 486件
- プログラム記事投稿数 : 39件
- メッセージ投稿数 : 5件
- 詩記事投稿数 : 252件
- 自分史記事投稿数 : 23件
- 合計 : 805件
これまでの全ての記事はこちらから見れます。
Archives(過去記事) | SPIRAL OF ZERO
- 2009年
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以前勤めていた会社を鬱で働けなくなり退職。何もする事がなくなったのでブログを作ってみることにした。
やるなら全部一から自分でやりたいと思ったので、サーバーとかドメインとか・・独学で手探りしながら始めた。二・三か月ほどして、WordPressと出会った。当時は治療の為に断酒していて、つらかったなぁ。時々スリップしてアームカットしたりオーバードーズしてたな。
断酒している人の為、自分の為に断酒SNSを作って、お互いに情報交換したり励まし合いながら・・いい空間だったなぁ。
今はもう断酒SNSは閉鎖して、私もアルコール飲んでるけど、あの時の断酒が無かったら回復は無かったと断言できる。この年は詩集を出版したり、ブログ以外にもSNSを二つ作ったり、つらかったけど何かをしようともがいていた。
- 2010年
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この年は、はじめて自分でパソコンを購入した。そして復職訓練プログラムのデイケアに通いだした。
デイケアのメンバーの調子を管理しやすくする為に、Excel * VBAでプログラムを組み始めた。(勿論、独学で)
デイケアでは色んな経験をさせてもらうと同時に、色んな経験を聞かせてもらった。
何が大切なのかを少しずつ思い出した。少しずつブログのデザインにも手を加える事が出来るようになり、次第にオリジナルのテーマが作れるようになった。
電子書籍も出版したな。
- 2011年
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この年は娘が誕生した大切な年。
そして東北大震災のあった忘れられない年。道化師達の宴グループを広げようとあれこれ模索もしていた。
病状は双極性スペクトラムという当時流行りの症状に変化していました。
Linuxを使い始めた年でもある。開発者になる大きな転機だった。
スマホを使い、クラウドサービスを使い、WEBアプリまで開発できるようになった。デイケアは終わり、mixiを通して出会った友人の勤めていた会社からお仕事をいただくようになった。
色んな事が大きく動き始めた一年でした。 - 2012年
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ココロとカラダのリズム管理アプリSelf_Rhythmのβ版を公開した。
動画閲覧数管理・共有アプリMyArchiveのβ版を公開した。
そして3年お世話になったレンタルサーバーとGoogle App Engineにお別れを告げてVPSを契約して、半年かけて二つのアプリのリリース候補版を公開した。友人のサイトも増えてきて、デザインをする事が楽しくなってきた。
新しい技術を貪っていた一年でした。 - 2013年
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Sekf_Rhythmのスマホアプリも作ったな。開発コストがバカにならないので、公開してたのをやめてWEBアプリをスマホでも使いやすくする為に色々試行錯誤をしていた。
古いパソコンがガタがきていたので、新しいパソコンを購入しました。
Self_Rhythm
と
動画閲覧数管理・共有アプリMyArchive
の正式版リリース。
ついでにSelf_Rhythmの更新情報専用のブログ(Self_Rhythm_Blog)も公開。このブログでSOZまとめを始めてみた。気になった記事やインスピレーションを揺さぶられた動画などを随時紹介しています。
あ、そういえばダイエットも始めたんだった。
- 2014年
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仕事の仲間から多くの刺激を受けて、更なるデザインの勉強に没頭し始めました。
同時にWEBシステムの基礎の部分の勉強も始めました。DOLL専用のサブブログIt is trifle.も始めたね。
娘は保育園に通うようになり、どんどん語彙が増えて会話が楽しいです。
精神状態は時々不安定になるけど、ここ数ヶ月は体の方がしんどいです。
しっかり運動せねば・・。
沢山の縁ある人々のおかげで今私は生きていられます。
今の自分なら困っている人に手を貸す事くらいはできるんじゃないだろうか・・。
私は本当に助けを必要としている人の為になる事がしたい。
可能性が最大になるのなら、リスクが最大になろうとも厭わない。
>最後の一文
リスクがなくならないなら、可能性を捨てたいよねっていう記事今書いたばっかだわ。ジャンピング&ヘッドスライディング土下座したい。。。
ものによる、かな。
その可能性の先にあるものが何なのか。
でもそんな先の話なんて分からないしする必要も無くて、
ただ私は差し出された手は握ってあげたい。